昨日、佐賀地裁において長崎県の有明漁協の組合長である松本正明が意見を述べました。
1 はじめに
私は,長崎県島原市有明漁協に所属する松本正明です。開門を認めた平成22年12月の福岡高裁判決の原告です。
私の家は祖父の代から漁業を営んでおり,私自身,中学卒業後漁業者となり,47年目になります。
現在,有明漁協の組合長を務めております。
今回,請求異議という裁判手続で意見を述べさせていただきます。
2 開門判決の意味−生きる希望の光
私が漁業を始めた頃は,海には漁船がひしめき合っていました。海にも港にも人々にも活気がありました。
しかし,諫早湾干拓事業が開始されると事情が変わってきました。魚が捕れなくなってきたのです。それを決定づけたのは,潮受堤防の締切りでした。仕事場であるはずの海には,漁船がまばらになっていき,活気がなくなってきました。漁業者であるにもかかわらず,漁業で生活をすることができず,やむをえず陸に上がる仲間も出てきました。 みんな,漁業で生活したいのに,魚が捕れないのでやむをえず,陸に上がりアルバイト等をしているのです。心中察してあまりあります。
私は,「これではいけない。宝の海である有明海を取り戻したい,次の世代に伝えたい。それは自分たちの役割だ。」との思いで,開門を求める裁判に参加しました。経済的にも精神的にも苦しいながらも裁判を続け,ここ佐賀の裁判所でも原告本人として証言をし,佐賀地裁の判決を経て,最終的に福岡高裁で開門の判決を勝ち取ったのでした。
この開門の判決は,生きる希望の光でした。「漁業者として漁業ができる。仕事ができる。生活ができる。」と思えるようになったのでした。
しかし,この希望は裏切られました。国は,3年という猶予期間があったにもかかわらず,何ら対策工事等をせず,結局,約束の日になっても開門をしませんでした。
3 現状
そして,この3年間という猶予期間の間も,漁場は悪くなっています。5月のこの時期,私は,イイダコを捕っていますが,今年の漁獲量は,去年や一昨年と比べても,5〜6割減っています。潮受堤防締切り前とは,比べるまでもありません。
当然のことですが,私が裁判に参加した頃よりも判決の頃の方が,そして判決の頃よりも現在の方が更に悪くなっているのです。例えば,潮受け堤防締切り前は,同じ時期に毎日カニも捕っていましたが,潮受堤防締切り後しばらくして,止めてしまいました。漁船を動かす油代分も取れなくなったからでした。このように現状が悪化していることは,漁協の組合員の人数にも反映されます。
私は,現在,長崎県の有明漁協の組合長をしていますが,潮受堤防締切り前の平成7年頃には300人位だった組合員が,平成26年には140人位と半減しました。他の漁協と合併したにもかかわらずです。
このままだと,近い将来,有明漁協自体が解散に追い込まれるのではないかととても心配です。
4 漁業者が一番求めているのは開門であること
先程も述べたように,漁業者が一番求めているのは,判決どおりに開門してもらうことです。
国は,自らの意思で最高裁に上告せずに,福岡高裁判決を確定させたのに,なぜ,判決を守らないのでしょうか。
そのため,私たちは,やむをえず,間接強制という強制執行手続きを行うことにしました。まさか,国が判決を守らないとは思いませんでしたし,また,裁判をやる羽目になるとは思いませんでした。
この強制執行手続きでは,1日1万円の制裁金が科されるとのことですが,別に私たちは,このお金が欲しくて強制執行手続をしたわけではありません。1日でも早く開門を行ってもらいたいだけなのです。
にもかかわらず,国は,開門をしたくないばかりに請求異議という裁判を起こしてきたのです。自らの責任を棚に上げてこのような裁判を起こすことなど許されるのでしょうか。
裁判所におかれては,一刻も早く国の請求異議という裁判を棄却し,1日でも早い開門の実現,ひいては有明海の再生に力を貸してくださるようお願いいたします。

