2014年03月20日

九州朝高生就学支援金差別国家賠償請求事件の第1回口頭弁論

本日、福岡地方裁判所小倉支部において、九州朝高生就学支援金差別国家賠償請求事件の第1回口頭弁論が開かれました。
九州朝鮮高校3年生(今年の卒業生)2名と弁護団長が法廷で意見を述べました。
服部弘昭弁護団長が陳述した意見を紹介します。

1 はじめに
私は、九州朝高生就学支援金差別国家賠償請求事件の弁護団長として、意見陳述に当たり、当初は、李朝末期の王母閔姫暗殺事件、朝鮮併合、植民地支配、創氏改名、関東大震災における朝鮮人虐殺、第二次大戦下の強制連行、従軍慰安婦、朝鮮人B級戦犯、サハリン・北方四島残留朝鮮人放置、戦後の外国人登録令による数々の制度上の差別、特にそれによる戦後の広島・長崎の在日朝鮮人被爆者差別、サンフランシスコ講和条約締結による一方的な日本国籍の剥奪、朝鮮人民族学校に対する数々の弾圧と射殺事件、指紋押捺の強要と再入国拒否、社会保障制度上の差別政策、大学入学差別、就職差別、金融差別、等々の歴史上の事件、差別事件について陳述しようと考えた。しかし、残念ながら、私に与えられた時間が僅か15分ということなので、これらのことは後日の機会に譲ることにしたい。
本件は、日本政府による在日朝鮮人差別事件として、上記の差別事件に列記すべきものであるので、私は、本件訴訟の冒頭において、弁護団を代表して、本件事件の差別構造に特化して、以下のとおり、意見陳述を行うものである。
本件の本質は、次の文部科学大臣の談話に如実に表れている。
その内容は、「朝鮮高級学校に対する北朝鮮や朝鮮総聯の影響力は否定できず、その関係性が教育基本法16条1項で禁じる「不当な支配」に当たらないことや適正な学校運営がされていることについて十分な確証を得ることはできず、就学支援金を支給したとしても、授業料に係わる債権に充当されないことが懸念され」、指定に関する規程13条の定める基準に適合するものと認めるには至らないというものであった。
しかし、この論理は、法の下の平等を定めた日本国憲法第14条に明白に反するものである。
また、被告国は、答弁書で認めているように、「外国人学校の指定については、外交上の配慮などにより判断すべきものではなく、教育上の観点から客観的に判断すべきである」という「高等学校相当基準」を立てておきながら、教育基本法上の「不当な支配」などという曖昧かつ抽象的な要件を持ち出して朝鮮高校を無償化の対象から除外した。「高等学校相当基準」と「不当な支配」の関係性がどのようにして導かれるのかは明確でなく、法律制定段階ではクローズアップされなかった「不当な支配」が,何故に制度適用の要件として突如あらわれたのかについても明確な説明は何らなされていない。被告国が「不当な支配」を持ち出すことにしたのは、政治目的で朝鮮高校を無償化制度から除外するためであり,許されない。
2 就学支援金の制度設計との矛盾
  就学支援金は私立学校等への補助金でなく、在学生一人一人に対する補助金であり、在学生が受給権者である。私立学校等の設置者は、単に、受給権者に代わって就学支援金を代理受領することが定められているに過ぎない(高校無償化法8条)。
就学支援金制度は、受給権者である在学生に就学支援金を直接支給すると、これを授業料として私立学校等に支払わずに別に流用する危険が否定できないから、その危険を回避するため、在学生に代わって私立学校等が代理受領するという制度設計をとっている。そうすると、私立学校等が都道府県を介して政府からの就学支援金を受領すれば、その時点で、法的には在学生が就学支援金を受領したことになり、かつ、当然に私立学校等の授業料に係わる債権に充当されたことになるはずである。
すなわち、この制度では、就学支援金は当然に授業料に充当されるのみであり,在学生が負担する授業料に充当されないような事態を想定できない体裁になっている。
この点、「就学支援金を支給したとしても、授業料に係わる債権に充当されないことが懸念され」るとの被告国の説明は、私立学校等が代理受領したにも関わらず授業料等に充当されない事態を想定しており、被告国が自ら構築した就学支援金の制度設計と矛盾している。
3 九州朝鮮高校の財政状況は透明化されていること
  言うまでもなく、私立学校等の設置者は、在学生に代理して受領した授業料を、学校運営のために支出しなければならない。具体的には、学校設備の維持管理、教職員の給与、教材等の購入費などの学校運営に支出することが求められている。
この点について、被告国は、「朝鮮総聯や北朝鮮から影響を受けているとの指摘があり、その関係性等により適正な学校運営がされていることについて十分な確証が得られない」と説明する。要は、就学支援金を支給したとしても、他の目的に流用されるのではないかとの疑念を有しているようである。
しかし、九州朝鮮高校の財政状況は透明化されており、過去に、生徒の授業料を学校運営目的以外に流用したことはない。
具体的に述べると、まず、九州朝鮮高校の授業料は、監督官庁である福岡県の私学振興課に届けている学則によって定められている。そして、九州朝鮮高校は、毎年、福岡県に対して、貸借対照表、資金収支明細書、消費収支明細書等の財務諸表を提出して、その財政状況の説明が求められている。これらの書類によって、学校に入った授業料の流れが明確にされるが、言うまでもなく、九州朝鮮高校が、過去に監督官庁である福岡県から、授業料の使途について不明な点があるとの指摘を受けたことはない。
この点についてさらに言うと、被告国は、九州朝鮮高校から朝鮮総聯や朝鮮民主主義人民共和国に金銭を横流ししているのではと疑っているのかもしれない。
しかし、このような疑いは、九州朝鮮高校のおかれた現実を顧みない、謂れのない偏見である。
すなわち、九州朝鮮高校は、在学生の父母会と地域の在日朝鮮人の商工会の会員が学校建設委員会を立ち上げ、寄付金を募集し、「金のある者は金を」、「金のない者は労力」を提供して、地域の在日朝鮮人の自助努力で建設された学校である。
九州朝鮮高校は日本政府からの補助金の支給は受けていないし、地方自治体からの補助金も、日本の私立学校と比較すると微々たる額である。そのため、九州朝鮮高校の学校運営は、在学生の父母からの授業料と寄付金に依存している。
その上、在学生の数は年々減少の一途を辿っていて、財政状況は苦しい。学校経営の根幹たる教職員の給与すら、日本の公立学校、私立学校の教職員の給与と比較して、相当に低賃金となっている。
そのような財政状況の九州朝鮮高校が、高校無償化法による就学支援金が支給された場合に、教職員への給与等の学校運営資金に当てずに、朝鮮総聯や朝鮮民主主義人民共和国のために横流しする懸念があるというなどは、あまりに九州朝鮮高校の現実を顧みない指摘であり、到底、考えられない。
4 在校生である子供たちには何の罪もないこと
  いずれにしても、上記のような被告国が指摘する懸念は、いずれも未成年者である在学生の預かり知らない事情である。そもそも権利の主体たる在学生の預かり知らないこうした事情で、在学生の権利の制限を正当化することなどできない。自身の預かり知らない事情で権利制限を正当化するのであれば、それは個人責任の原則の否定である。
結局、今回の被告国の行為は、九州朝鮮学校に所属し、そこで学ぶ原告らを差別するという意味しか持ち得ず、それは、九州朝鮮学校で朝鮮民族としての教育を受けることによって自己実現を図りたいという原告らの「信条」を理由とする差別であり、九州朝鮮学校の在校生であるという「社会的身分」を理由とした差別である。
5 国の指摘に合理的根拠は何もないこと
  被告国が、このような差別の合理性を、確たる根拠をもって説明したことはない。被告国の説明は、どこそこの「影響力は否定できず」であるとか、あるいは「十分な確証を得ることができない」とか、「懸念される」というものに過ぎず、何一つ、確たる根拠に基づく事実はない。被告国の説明をどのように言葉を言い繕ってみても、原告たちを差別しなければならない合理的で具体的な事実は浮かび上がってこず、単に「疑いを持ったから差別した」という域を出ない。
平等原則に対する例外を許容するには「合理的な区別」である必要がある。そして、その合理性については、被告国が主張立証しなければならない。
言うまでもなく、その差別の合理性を担保するものは、具体的な事実である必要があり、単なる「懸念」や「不当な支配がないことの確証が得られない」という曖昧模糊としたものであってはならない。事実に基づかない話に合理性を認めることなどできないからである。そして、重要なことは、今もって被告国から、原告らに対する差別を合理的に説明しうる具体的事実は何ら示されていないということである。
それでも、被告国は懸念が払拭されなかったとか、確証が得られなかったと強弁するが、差別を正当化するような事実が確認できないのであれば、原則通り、原告らも当然、平等に取り扱わなければならない。法治国家であれば当然の対応である。
この点、民主党政権の下では、被告国は、文部科学省を通じて九州朝鮮高校に対して詳細な調査を行い、また、九州朝鮮高校はこの詳細な調査に対し、誠意をもって回答してきた。政府内にも九州朝鮮高校から得た様々な具体的事実が集積しているはずである。その中に、今回の差別を正当化するような事実はなかったはずである。
それにも関わらず、自民党政権になるや、被告国はいきなり調査を打ち切り、原告らに対して就学支援金を支給しないとの決定を行なった。
結局、被告国が決定の拠り所にしたのは、九州朝鮮高校の回答やその他の調査から得た具体的事実ではなく、出所の分からない不確実な情報や、悪意ある意図的な憶測や風評の類であった。誠意をもって対応した九州朝鮮高校の努力を水の泡とし、不確実な偏見に、被告国としての判断の足場を求めたのである。
法治国家として誠に遺憾な決定であり、日本国憲法が禁止する不合理な差別そのものである。
6 象徴的なハ号の削除について
さらに、私が指摘しておきたいのは「公立高等学校に係る授業料の不徴収及び高等学校等就学支援金の支給に関する法律施行規則」第1条第1項第2号ハ号の削除のことである。ハ号の削除は、被告国の差別体質を見事なまでに象徴している。被告国は、原告らに対する就学支援金の支給を否定すると同時に、その根拠規定を廃止して、原告らが就学支援金を受給する可能性すら根絶したのである。
このような卑劣なハ号削除は、九州朝鮮高校をはじめとする全国の朝鮮高校が、被告国が否定出来ない程に支給基準をクリアしており、近い将来の再申請の時、自身の差別を正当化できないことを恐れてなされた所業である。例えて言うならば、敵の軍隊と会戦して敗走する軍隊が渡り終えた橋を爆発するようなものである。
国民を守るべき国家が、こともあろうか未成年である高校生相手にやる行為であろうか。品位も品格もない、醜い差別行為そのものである。
7 最後に
  原告らは、今回、国家賠償請求訴訟を提訴したが、金銭の支払いを求めることに主眼があるのではない。被告国から受けた不当な差別を裁判所によって是正してもらうために、一人あたり10万円という慰謝料をかかげ、60人を超える生徒たちが本裁判に立ち上がった。
  また、多くの原告の声を裁判所に届けるために、60人もの弁護士が代理人となっている事実も見過ごすことはできない。弁護士として、一人の日本人として、今回の被告国の差別行為を正すことこそ、在日朝鮮人と日本人が共生できる健全な日本社会へと繋がるという思いから、代理人となった。
  裁判所におかれては、報道によって作り上げられた「北朝鮮」や「朝鮮総聯」などの偏見にとらわれず、日本社会で生活する一人一人の九州朝鮮高校の生徒たちが学ぶ姿を純粋な気持ちで見ていただき、本裁判を指揮していただきたい。
  今、日本では差別の嵐が吹き荒れている。ヘイトスピーチ然り、Jリーグの浦和レッズの差別的横断幕然りである。
本来ならば、被告国は、先頭に立ち差別と闘うべき立場にあるにも関わらず、あろうことか、今回の高校無償化法を利用して、在日朝鮮人に対するこのような差別的な国内情勢を積極的に作り出そうとしている。本件は、まさに在日朝鮮人に対する謂れ無き差別の助長である。
現在の日本国内において、在日朝鮮人は、最も差別を受けやすい少数者である。被告国は、このような少数者である在日朝鮮人のうち、こともあろうか未成年である高校生に焦点を当てて、今回の謂れ無き差別を強行した。
これは日本国憲法の定める平等原則を、被告国が事実に基づかない偏見により骨抜きにするものであり、まさに、被告国による日本国憲法の解釈改憲と言う他ない。既に、アメリカの人権団体では、日本国内の在日朝鮮人差別をかつての南アフリカのアパルトヘイト政策を持ち出して非難し始めている。
今回の高校無償化法を巡る被告国の在日朝鮮人に対する差別政策は、世界の差別禁止、人権擁護の潮流から大きくかけ離れていることを訴えて、弁護団を代表しての私の意見陳述とする。
posted by 後藤富和 at 15:14| 平和