2014年02月24日

講演会「集団的自衛権って?」報告

講演会「集団的自衛権って?」(講師伊藤真弁護士・伊藤塾塾長・日弁連憲法委員会副委員長。福岡県弁護士会主催)に参加しました。

・同盟国がやられているのに見過ごしていいのか。
・アメリカに守ってもらっているのだから、アメリカが困っている時に助けるのは当然だ。
・世界はどの国も集団的自衛権を行使するのだから、世界の常識に合わせるべきだ。
・戦争をしないために必要なのだ。
→本当にそうでしょうか?

自民党改憲草案の目的
→軍事的経済的に「強い国」づくり=戦前回帰・富国強兵

自民党改憲草案の問題点
1 立憲主義の破壊
2 国民主権の後退
3 基本的人権保障の形骸化
4 「戦争ができる国」へ

自民党は、明文に合致しない憲法解釈により法を運用、制定(日本版NSC法、秘密保護法、自衛隊法改正、国際平和協力法案、国家安全保障基本法案など)
→解釈"改憲"・立法"改憲"により憲法解釈の事実状態を実現し日米同盟強化
→集団的自衛権の解釈変更は改憲の露払い。

ヒトラーは、公共事業と若者の軍への入隊によって景気対策と失業対策を行った。そして、国民の圧倒的支持を確立し、ベルリンオリンピックで国威発揚。その裏で、ユダヤ人などの虐殺と戦争に突入して行った。今の日本に似ていませんか。
権力は常に嘘をつく。イラク戦争時、自衛隊が運んでいたのは国連職員ではなく武装したアメリカ軍だった。

ヘルマン・ゲーリング(ナチスドイツ国家元帥)の言葉
「……もちろん、国民は戦争を望みませんよ。運がよくてもせいぜい無傷で帰って来る位しかない戦争に、貧しい農民が命を賭けようなんて思うはずがありません。一般国民は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツでも同じ事です。政策を決めるのはその国の指導者です。そして国民は常に指導者の言いなりになるように仕向けられます。
……反対の声があろうがなかろうが、人々を政治指導者の望むようにするのは簡単です。
国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けていると非難すればよいのです。そして国を更なる危険に曝す。このやり方はどんな国でも有効ですよ。」

立憲主義
・権力行使に憲法で歯止めをかけるという考え方を立憲主義という。
→民主主義社会においては多数派による民意を反映した権力行使にも歯止めをかけるという意味(選挙で国民の支持を獲得した政権に対してブレーキをかける)。

個人の尊重(個人の尊厳)
・人は皆同じ(人間として生きる価値がある点では同じ)
→個人のための国家であり、国家のための個人ではない
・人は皆違う(個として尊重)
→多様性を受け入れて共生できる社会を目指す

積極的非暴力平和主義(日本国憲法9条2項、前文)
→飢餓、貧困、疾病、災害、人権侵害、差別、環境破壊といった紛争の原因となるような構造的暴力をなくすために、国際社会において積極的な役割を果たすことによって自国の安全と平和を達成し、国際貢献をする。
→軍事力だけが国際貢献ではない。復興支援など日本の得意な分野があるはず。

集団安全保障=多数の国家が戦争の禁止あるいは武力の不行使を約束し、約束違反の国があれば、残りのすべての国が当該国に共同で制裁を加え被害国を守る制度。予め想定された外部の敵はいなく、仲間内に平和を損ねた場面を想定している(体制内の国家への信頼)。

集団的自衛権=アメリカと軍事同盟を締結している国に対して武力攻撃があった場合に、アメリカが国連安保理の承認なしに軍事介入できる権利として発明された。仲間の外に敵がいる場面を想定している(体制外の国家への不信)。「自衛」権ありながら「他国」の防衛であり用語として矛盾している。
・正当防衛論
←個人と国家を同視して議論すべきでない。
←国際社会において侵略者の判定は困難。かえって戦闘を拡大させる危険。
・自己防衛論
←自衛権というのなら、自国に対する攻撃が現実に起きたか、少なくとも目前に迫っていなければならない。
・死活的な利益の防衛論
←武力攻撃を受けた国と集団的自衛権を行使する国の間の密接な関係とは具体的にどのような場合をいうか明確ではない。濫用の危険がある。

集団的自衛権の実際(武力攻撃をでっち上げて大国が小国を攻撃する)
実際に行使したのは米英ソ仏の4か国の軍事大国のみ。
・アメリカによるレバノン軍事介入、ベトナム戦争、ニカラグア侵攻、グレナダ侵攻、多国籍軍による湾岸戦争、アメリカとNATOによるアフガニスタン戦争
・旧ソ連によるハンガリー軍事介入、チェコ侵攻、アフガニスタン戦争
・イギリスによるヨルダン軍事介入
・フランスによるチャド軍事介入

政府解釈の歴史
政府は一貫して集団的自衛権の行使を容認しない立場をとってきた。

憲法の論理的な帰結
憲法9条1項、2項によってあらゆる戦争は禁止。
↓しかし、他方で
憲法は幸福追求権(13条)をはじめ様々な人権を保障
↓よって
国家として国民の人権を守るために自衛権は行使可能
↓従って
自衛の(国民の生命・財産を守る)ための必要最小限の実力行使は可能。許されるのは、この限りにすぎない
↓とするならば
日本が武力攻撃を受けていなければ、直接的には国民の生命、財産が危険にさらされている状況ではないので、集団的自衛権は行使できない。

安倍総理の見解
「最高の責任者は私だ。政府答弁に私が責任を持って、その上で私たちは選挙で国民の審判を受ける。」
←立憲主義を理解していない。国民の多数の支持があっても、政治家が従わなければならないのが憲法。選挙で審判を受けていれば何をやってもいいという発想自体が立憲主義を理解していないことの現れ。

石破自民党幹事長の見解
「政策判断(解釈変更)により、集団的自衛権の行使は可能」
←論理的に憲法が許していないことを解釈で可能とすることは憲法の存在を無視するものであり、立憲主義に反する。
「濫用の歯止めは何かといえば、最終的には「国民の良識」。不安だという人は、そこに自信がないのでしょうか」
←過半数は強行採決により可能。ある時点の「国民の良識」も人間の判断である以上、間違うことがある。そのために憲法で歯止めをかけるというのが立憲主義の発想。

東アジアの緊張は理由にならない
・そもそも緊張を引き起こしているのは誰か。
・日本の集団的自衛権行使はさらに緊張を高め、近隣諸国の軍拡の正当理由を与えるだけ。
・本来やるべきことは、絶対に戦争しないという共通の目的を近隣諸国と共有すること。
posted by 後藤富和 at 20:00| 平和