2013年12月24日

【日本魚類学会、日本生態学会、日本鳥学会 、日本ベントス学会】有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を保全する見地から諫早湾の潮受け堤防の排水門開放を求める要望書

有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を保全する見地から諫早湾の潮受け堤防の排水門開放を求める要望書

今から約17年前(1997年4月14日)、有明海の奥部に位置する諌早湾(約100 km2)において、湾奥部36 km2(このうち29 km2が大潮時に干出する干潟)を全長7 kmの潮受け堤防で完全に閉め切る「潮止め」が実施されました。これにより有明海の全干潟の12%(日本の全干潟の6%)が一度に失われました。この大規模干拓事業の目的は、当初は水田のための農地造成でしたが、後に、水田が畑作地に変更され、また、新たな目的として高潮対策などの「防災」が追加されました。
この事業の大きな問題の一つは、干拓によって失われる干潟生態系の重要性がほとんど無視された点にあります。これまでに生物学の基礎研究は、陸と海のはざまに位置する干潟の生態学的な重要性を明らかにしてきました。まず、干潟の生態系は、その高い生物生産力によって、豊富な水産資源を生み出すと同時に、陸から海に流入する栄養物質(窒素やリンなど)の多くを吸収、除去する機能(水質浄化機能)がたいへん大きいことがわかっています。また、そこは、魚介類の産卵・生育の場所としても重要であることがわかっています。さらに、有明海奥部の干潟とそれに続く浅海域は、絶滅が危惧される多くの生物種がまとまって生き残っているきわめてまれな場所であることも重要です。すなわち、諫早湾を含む有明海奥部は、東京湾をはじめとする日本中の内湾が失ってしまった本来の生物相とそれに支えられた高い生産力が最もよく残っている場所なのです。国際的な合意事項である生物多様性保全という観点からは、この海域は、日本の沿岸海域の中で最も保全が重要な「生物多様性のホットスポット」と言えます。
諫早湾干拓事業は、このような有明海奥部の貴重な生物相と生態系機能を大きく損ねてしまうことが当初から懸念されていました。実際に、諫早湾の閉め切り以降、有明海奥部では、大規模な赤潮が頻発するようになり、夏場の海底の貧酸素化も顕著になっています。少なくとも諫早湾内(潮受け堤防の外側)においては、諫早湾の閉め切りが潮流を著しく減衰させたことが明らかになっており、それが赤潮の頻発や海底の貧酸素化を促進していると考えられます。それらの知見に基づいて、生物学の研究者組織(日本魚類学会、日本生態学会、日本鳥学会、日本ベントス学会など)は、1997年から2012年にかけて、同事業の中止・中断、諌早湾の原状復帰、あるいは長期開門調査の早期実施などを求める要望書を合計6件、日本政府や地元自治体に提出してきました(添付資料のとおり)。しかし、これらの要望は無視され、事業が進み、今日に至っています。これまでの要望書の中で危惧された問題は、増々深刻なものになりつつあります。
2010年12月の福岡高等裁判所による確定判決は、諫早湾干拓事業と諫早湾内の漁業被害(大型底生二枚貝のタイラギを対象とした漁業等)の因果関係を認め、「諫早湾の潮受け堤防の排水門の5年間開放」を2013年12月20日までに実施するよう国に命じました。この確定判決は、現在の漁業者の危機的状況を救済するために諫早湾の環境復元を求めています。そのことは、長期的な視点に立って豊かな漁業を支える基礎としての生態系の保全を求めてきたこれまでの私たちの要望に合致するものです。
一方、2013年11月には、長崎地方裁判所が、干拓地に入植した営農者に対する影響などを考慮し、「排水門の開放」を差し止める仮処分を決定しました。しかし、この決定には、「排水門の開放」を差し止めた場合の有明海の環境悪化やそれに伴う漁業被害が全く考慮されていません。有明海の自然の再生を目標に据えた上で、有明海の漁業と干拓地の農業のあり方を総合的に議論する必要があります。
有明海奥部における環境悪化の進行は、この海域に残されている生物多様性とそれに支えられた漁業を崩壊させてしまう恐れがあります。たとえば、有明海奥部での漁獲対象物であるウミタケ、アゲマキ、ハイガイなどは、いずれも絶滅が危惧される種であり(日本ベントス学会 2012)、国内では、有明海奥部以外には大きな個体群はもはや存在しません。これらの種の絶滅の危機を回避し、漁業の基盤を維持するためには、一刻も早い諫早湾の環境復元とそれによる諫早湾の干潟生態系の再生が望まれます。
以上のことから、私たちは、日本政府に対して、次のことを要望します。
) 有明海奥部に残されている貴重な生物相と生態系機能を保全するために、福岡高裁の確定判決に従って、すみやかに「諫早湾の潮受け堤防の排水門の開放」を実施し、諫早湾の干潟生態系の再生を実現させること。
) 福岡高裁が命じた5年間の「排水門の開放」の間に、諫早湾干拓事業が有明海奥部の広い範囲に環境悪化と漁業不振をもたらしている可能性を検証するため、適正な調査を実施し、それに基づいて、諫早湾の長期的な自然再生を含む新たな有明海の環境保全策を検討すること。
以上。

2013年12月20日

日本魚類学会 会長 木村清志
日本生態学会 自然保護専門委員会 委員長 矢原徹一
日本鳥学会 鳥類保護委員会 委員長 大迫義人
日本ベントス学会 自然環境保全委員会 委員長 佐藤正典
posted by 後藤富和 at 13:11| 有明海