2015年02月01日

ヴァイツゼッカー氏死去

ドイツの元大統領ヴァイツゼッカー氏が亡くなりました。

弁護士になりたての頃、僕はヴァイツゼッカー氏の演説「荒れ野の40年」から「過去に眼を閉ざす者は、未来に対してもやはり盲目となる」を引用して、中国人強制連行強制労働事件の法廷で意見陳述を行いました。

以下はその意見陳述の要旨です。

わが憲法は、約3300万人を超える日本人とアジアの人たちの命、と人々の生活を奪ったことへの反省から、世界で最も進んだ平和理念に到達した。すなわち、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し」 「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてい る国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。」「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理念と目的を達成することを誓」い(憲法前文)、 戦争を放棄した。

しかし、中国の青年らを拉致し強制労働を強いて彼らの青春を奪ったことについ て、外務省は、強制連行・強制労働の事実そのものを隠すことに躍起になっている。 このような被告国の態度は、再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、全力をあげてこの崇高な理念と目的を達成する者の態度とは程遠く、国際社会に対してとても名誉ある地位を占めているとはいえない。 これに対し、同じ敗戦国であるドイツは、戦後の早い時期に補償法を制定し、ナチスが行ったユダヤ人大量虐殺等の犠牲者やその遺族に対して補償を行い、さらに、 2000年には、「記憶・責任・未来」基金を設立した。

この両国の対照的な姿勢は、今回のイラク戦争においても現れている。すなわち、 わが国が早々にアメリカのイラク攻撃支持を表明し自衛隊をイラクに派遣したのに対し、ドイツは、いち早くイラク戦争に対し反対の意思を表明した。

この両国の差は、戦争中自らが犯した過ちをきちんと認め反省をしたかどうかと いう根本的な国家の姿勢に起因するものといえる。

今後、二度と一審原告らのような被害者を生むべきではないし、彼らが受けてき た悲劇を繰り返すべきではない。そのためには、一審被告らは、自らが犯した過ち をきちんと認め、自己の行為により迷惑をかけた人々に対して心から謝罪すべきである。そのような誠実な態度こそ、東アジア諸国の信頼を回復し、国際社会におい て、名誉ある地位を占めることにつながるものである。

http://www.bengoshi-honryu.com/wp-content/uploads/2010/08/F20604.pdf

僕はその後もヴァイツゼッカー氏の演説を度々引用し平和を訴えました。昨年10月のブログ

http://blog.ohashilo.jp/article/104725170.html
posted by 後藤富和 at 18:10| 平和